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気づけば僕は、オランダにいた。

 

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幸せな日常か、それとも冒険か。
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これは仕事に明け暮れる若者が、ひょんなキッカケで国境をまたぎ、人生を大きく揺さぶられた物語。

 

果たして若者は何を目の当たりにし、何を感じ、どんな岐路に立たされたのか? そしてどんな道を、選択したのだろうか?

 

 

 

 

 

 

25歳で迎えたとある休日の朝。僕は目が覚めると、いつものようにテレビのリモコンに手を伸ばし、電源をつけた。毎日残業続きだったせいか、まだ眠くてぼんやりしている。

ポチっ、ポチっ、とチャンネルを2回変えると、僕の指は止まりある番組に釘付けになった。その番組とは、オランダの子供教育を紹介するもの。僕は広告代理店に勤めながらも “教育” には興味があったから、チャンネルを変える指が止まったようだ。

 

ドイツで発祥した “イエナプラン教育” は、オランダに根強く普及。日本の3周先を行く教育と言われ、なんと学校ではチャイム無し、時間割自由、宿題なし。…にも関わらず、日本より学力が高く、子供の幸福度は世界一。オランダの教育は、根本から違った。

 

番組が終わると同時に僕は、カバンからパソコンを取り出し、高まる気持ちをぶつけるように “イエナプラン教育” と検索した。どうやら日本にも、イエナプラン教育協会なんてものがあるようだ。

HPを見ると “オランダイエナプラン研修の参加者募集” というお知らせが目に飛び込み、3ヶ月後の8月24日〜29日にオランダで開かれるとのこと。

 

『これは行くしかない。何か掴めるはず。』

 

キラキラと澄んだ激流に乗るかのように、僕はすぐに研修に申し込んだ。参加費950ユーロがいくらなのかなんて、飛行機代がどれだけかかるかなんて、そのときの僕には関係なかった。ちょうど働き詰めで心の休息も欲しかったし、オランダの教育を自分の目で確かめてみたい。

次の日出勤して支社長に『オランダに行くので、1週間有給をとります!』と言って、えっ?と驚いた表情をしていたけど、自由な僕だったらあり得ることだと心を落ち着かせたようで快く送り出してくれた。 そういえば、4歳下の彼女にはまだ言っていない。

 

 

 

〜 そして3ヶ月後の出発前夜 〜

 

 

 

前日にも関わらず家に着いたのは、23時半。次の日5時に起きなきゃいけないけど、仕事が繁忙期ということもあって何も準備ができていない。朝の見送りのためにと彼女が家に来てくれていたが、ゆっくり喋る時間もなく荷造りをして、結局寝たのは2時過ぎだった。

 

ドキドキした気持ちで空港に向かった僕は、まずは中国に降り立った。日本からの直行便は高かったから、中国を経由してオランダに行くことにした。

中国から11時間かかると聞いて長すぎると感じていたが、今までの寝不足と前夜の慌ただしさのおかげで、目を開けたときにはアムステルダムのスキポール空港に着いていた。

 

初めて1人で海外に来たことや英語が全然話せないこともあり、入国審査時に引っかかって警察に連れてかれるトラブルもあったが、無事にオランダの地を踏みしめた。なんだかいつも吸う空気とは違う気がして、開放感に満ち溢れている。

日本全国から30人の知らない人たちが空港に集まる時間までまだ余裕があったから、僕はオランダの首都・アムステルダムの街をすたすたとさまようことにした。

 

 

 

 

 

 

オランダも朝から夕方になり、30人が空港に集まった。自己紹介する間もなく、この1週間をアテンドしてくれる女性の話を少し聞いて、みんなでバスに乗り込む。

バスの隣には、僕と同い年の東京で塾講師をしている人がいたり、学校の先生や大学生など色んな人がいた。オランダの高速道路を走るバスはどんどん田舎の方に向かい、さっき見たアムステルダムの街並みとはまるで別物。わんさかいる山羊や牛が遠くから僕たちのバスを見ている気がして、なんだか不思議な気持ちになったのを今でも覚えている。

 

『やっと着いた!これからどんな学びがあって、帰る日には自分は何者になってる?』

 

ここに来ただけで何かが見つかる。自分は変われる。そんな期待しかない気持ちのまま、スキポール空港からバスで2時間の場所にあるエヒテンの研修所に着いた。

着いた途端に現地のオランダ人がウェルカムディナーを開いてくれた。どうやらこのおじさんが、僕たちの面倒を見てくれるようだ。その日はディナー後、バスの隣にいた同い年の塾講師くんとおとなしく2人1組の部屋に入って、夜な夜なお互いの “これから” というより “これまで” を語り合った。

 

シャワーを浴びようと思ってバスルームに行ったけど、どうやらこの部屋のシャワーは冷水しか出ないらしい。ハッハッハッ、面白いじゃないか。冒険はこうでなくちゃ!と言わんばかりに、僕たちは笑い合った。

 

 

 

〜 2日後の8月26日になり 〜

 

 

 

研修1日目の昨日は、朝から晩までウェルカムディナーを開いてくれたおじさんが講義をしてくれた。ただのおじさんかと思っていたら、なんとイエナプラン教育に精通したすごい人だった。ゲームを交えながら、楽しく新鮮な講義だった。

そして研修2日目の今日は、僕が楽しみにしていた1校目のイエナプラン小学校の視察会。今から3ヶ月前の休日、テレビの中で見た光景が自分の目の前に現れて、本当に来てしまったんだと実感する。研修参加費と飛行機代で40万円かかったけど、ここに来てそれ以上の価値を感じた瞬間だった。

 

『アンテナを研ぎ澄まして、見るものすべて吸収してやる。』

 

グッと息を飲み込んで、僕は学校の中へとみんなに続いて入るのであった。まず授業を見てビックリしたのは、年齢がバラバラな子供たちがその場にいること。日本では1年生、2年生、3年生と同い年の中でクラス分けされるけど、イエナプラン教育では4〜6歳、6〜9歳、9〜12歳と色んな年齢が混ざって1つのクラスに。

こうすることで、社会に出てから出くわす “上下関係 = 教える-教わるの立場” を小さいうちから経験できると聞いて、オランダの教育の奥深さや緻密さに触れた。

 

 

 

 

 

 

たくましい眼光で、みんなの前で堂々と “休みの日に家族で行った場所” について話す男の子の姿。それがなんだか、印象に残っている。

僕は通訳を介して、この学校の先生に聞いてみた。『先生は何を1番大切にして、子供たちと接しているんですか?』と。するとその女性は、笑顔でこう言った。

 

自分は何が得意で、何が好きなのか。そして、どんな自分になりたいのか。こんなことを自分で見つけてもらうために、答えを教えるのではなく、常に問いかけをしている。答えを準備するんじゃなくて、”良い問いかけ” を準備するのが私たちの仕事なんです。

 

日本で育った25歳の僕には、この考え方がとても新鮮だった。それと同時に、だから子供でもあれだけ堂々とみんなの前で話せるほど、自分を持ってるんだと納得。

 

『オランダでは子供の頃から、自分の将来について考える環境があるんだ。僕はここまで真剣に、自分の人生を考えたことがなかった気がする。僕は一体、どうなりたいんだ?』

 

教育を観客として見に来るつもりだったのに、まさか僕が先生から教育を受けることになるとは。この出来事に巡り会ったこの日から、自分の心の声と向き合い、それを丁寧に拾うようになっていた。思えば社会人になってから、仕事に終われる毎日で、自分のことなんて考える余裕なかったな。

こんな大切な気づきに触れた僕は、研修2日目をモヤモヤした気持ちで終えることになった。

 

 

 

 

 

 

研修3日目と4日目はおじさんの講義だったが、あまり内容は覚えていない。僕の頭の中にあるのは “どうなりたいんだ” のひと言。まるでそのひと言に取りつかれたかのように、悶々と考えていた。僕の心の中を天気で表すと、曇った空に少しだけ光が差し込んでる感じ。

モヤモヤした感じはあるけど、それは嫌な空気をみじんも感じさせず、むしろこれからの自分に希望を届けてくれる感覚がしていた。国境をまたいでオランダに来て、オランダにいるからスマホの電波はOFF。誰にも邪魔されない僕だけの時間が、その感覚を後押ししてくれた。

 

 

 

〜 あっという間に最終日を迎え 〜

 

 

 

最終日の研修5日目は、イエナプラン小学校と中学校の視察にバスで出かけた。ここでまた、オランダ人の先生から教育を受けることになるとは。。

たしかこの日は30人が15人ずつに分かれて視察を行い、まずは15人1組で先生の話を聞くことになった。その先生は背の高い男の人で、どうやら僕たちが今いる学校をつくった人らしい。

 

この学校のコンセプトなど聞いた後、15人は先生に引率され校内をグルグルと周った。0から学校をつくり、自分の想いをカタチにしている先生の生き様が、僕には憧れの存在に映った。

この人に質問して、最後に何かを持ち帰りたい。今ここで質問しなかったら、絶対に後悔する。そんな気持ちを抱えながら、そのチャンスは来た。『先生は生きる上で、何を1番大切にしてるんですか?』…こんなことを聞いた僕に対して、自信げに先生はこう言った。

 

自分がやりたいと感じたら、誰の許可もいらない。それをやっちゃえば良いんだよ。僕はそうやって、これまで生きてきた。君も好きなことをやっちゃえば良い!

 

イエナプラン研修用に買ったノートはメモだらけになっていたが、最後のページの1番上に、先生からもらったこの言葉を赤文字で力強くメモした。

研修2日目に女の先生からあの言葉をもらい、3〜4日目におじさんの話をあまり聞かずに僕は心の中の僕と話し込み、実は大切なことに気づいている。

 

 

 

 

 

 

約15年前の小学5年生の夏。僕は父さんの転勤で東京から名古屋に引っ越すことになった。今でも引っ越し当日、車で名古屋に向かおうとする僕を走って追いかけてくれた友達の姿が、脳裏に焼きついている。

そして名古屋の小学校に転校し、初めは寂しさのあまりわんさか泣く日々が続いたんだけど、友達をつくるために “自分が好きなこと” を頼りにトライした。小学4年生で始めた大好きな野球。おっきな紙に “自分の言葉” を敷き詰めたオリジナルの “プロ野球新聞” をつくって、それを職員室で印刷し、クラスのみんなに思いっきり配った。みんなやみんなの親に、次も楽しみにしてるね!次はいつ?と喜んでもらえて、僕もそれに喜んだ。

 

こうして友達をつくった経験を、僕はオランダ研修中に思い返していた。”プロ野球新聞” には僕の好きなことが詰まっていて、許可なんて印刷するときに先生にお願いしたくらいだ。気づいたら、それにのめり込んでいた。

2日目に女の先生から “君はどうなりたいか” と問われ、最終日に男の先生から “好きなことをやっちゃえば良い” と言われ、僕は1つの答えを導き出した。

 

『自分の言葉でつくったものを、たくさんの人に見てもらいたい。ようやく見つけた。僕は、ベストセラー作家になりたい!』

 

15年前の経験とオランダで授かった2人の言葉によって、自分が “何者” になりたいのか分かった。それは冒険の中で “宝箱” が見つかったように、本当に嬉しくて、本当に清々しい気持ちになった。このとき僕の心の中の天気は、曇りじゃなくて晴れ、快晴だった。

でも、本を出すだけじゃなくて、ベストセラー作家になるほど売れるには、これからどんな人生を歩めば良いんだ? …新たな問いを自分で見い出した僕は、オランダでのとてつもなく濃い日々に別れを告げ、日本へと帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

『会社を辞めて、独立します。』

 

帰国後2ヶ月考えて、僕はこの言葉を支社長に伝えた。ベストセラー作家になるには、会社に安住するのではなく外へ飛び出し、自分で業を起こした方が近道だと思った。良くも悪くも自分の身を持って経験や苦労を増やせば、”自分の言葉” で伝えられることが増える。

人それぞれ考え方は違うと思うけど、これが僕が出した答えだった。誰にも相談せず、僕と心の中の僕との2人で、決めたこと。

 

人生とは、どこでどう転ぶか、本当に分からないものである。たまたま目に入ってきた番組により、若者はオランダへと旅立ち、そこで2人の先生からもらった言葉が鍵となり、心の扉がガチャっと開いて、今までとは全く違う道を歩き始めた。

違う道を歩き始めることで、失うものも沢山あった。独立前に2年ほど付き合っていた彼女にフラれ、独立後は仕事のアテもなく半年間収入ゼロが続き、気づけば僕は絶望の日々を過ごすこともあった。

 

『独立してなかったら、今頃 “幸せな日常” を過ごしてたのかな。』

 

人とは弱いもので、うまくいかないことが多ければ多いほど、こんなことを考えてしまう。何度も、、何度も。。それでも僕は、夢を抱いて “果てしない冒険” を選んだことを、後悔していない。いま同じ岐路に立たされても、同じく “冒険” を選ぶだろう。

“幸せ” よりも “不安” を感じる冒険に打ちひしがれながらも、若者は前へと進むのであった。これまでも、これからも。

 

 

 

〜 気づけば僕は、オランダにいた。(完) 〜

 

 

 

 

 

 

主人公の若者にとって “オランダへの旅” は “人生のターニングポイント” になりました。

en-placeはこの物語のように、人の人生を大きく揺さぶる “ターニングポイント” になれるよう、面白い企画をつくっていきます!

 

7/27(土)開催!いきなりカップル飲み会
http://en-place.jp/circle/event/event-26

8/4(日)開催!サークル修学旅行 in 京都
http://en-place.jp/circle/event/event-30

 

こちらは目玉企画になりますので、ぜひあなたも遊びに来て下さい(^.^)/~~~

まずはen-placeで “小さな冒険” から、始めてみましょう☆★

 

en-placeサークル代表 / 米村直樹